9月活動レポート
(10月4日)
1.第105次座り込み行動 9月25日 16時〜17時
都労委第3次事件解決に委員会からの審査指揮を真摯に前向きに応えよう!
今夏も連日の猛暑日が続いてきましたが、暑さ寒さも「彼岸」までと申されておりますが、それに違わず、一転してしのぎ安い気候の下、彼岸中の25日サマータイム16時から17時まで、株式会社明治が企業活動をしています京橋エドグラン前をお借りし、第105次座り込み行動を実施しました。各弁士を動画に編集しましたのでご視聴宜しくお願いします。

司会進行挨拶 村山東男事務局長
暑さ寒さも彼岸までと先人達が申してきたように、猛暑もおさまり涼しい中で第105次座り込みを実行していきたい。近隣の皆様方にはご迷惑をおかけしますがご理解とご協力をおねがいします。明治乳業が労働者に与えてきた生産疎外者、職場秩序破壊者として日本共産党、◯青などと労働者、労働組合の中に分断をつくり上げるために、統一協会の中の勝共連合という組織がありました。それに明治乳業経営陣も反共労務政策を柱とする冨士政治学校とかに学んで、全国一斉にインフォーマル組織をつくり上げ、私たちが運営する労働組合を会社の意のままになる組織に変質させ、賃金昇格差別を実行してきた。年間にして106万円にも及ぶ格差。今、第三次事件として都労委で進められています。・・・・・。以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/mlf403CjDNM
主催者挨拶:明治乳業争議支援共闘会議・松本議長

賃金差別、人権侵害はどうなっているのか。この写真を見て下さい。大阪工場で働いていた糸賀久さんです。この方が2010年3月18日都労委で弁論をしました。この方が述べたことは、新入社員と同じ最低職分で定年退職となりました。手取り賃金は18万円であったと告発しました。会社は、定年時まで人並みの生活を許さず、生活保護者同然の生活を強いてきました。
糸賀さんに対して無能力者扱いをされこれに対して屈辱感を味わってきた。友人が、昇格差別を受けた怒りで胸が張り裂けそうになりましたと訴えがありました。これがまともな労働組合活動をやってきたえの差別であり、事実です。
この様なことを全国64名に対して会社が差別をおこなった。ですから中央労働委員会もこのことを「付言」で認め、差別も人権侵害もあった。殊に会社に対し話合いで解決をしなさい。これが今の到達点です。・・・・・。以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/NYo9IY5ZCMk
申立人からの報告
@市川工場申立人・武田和夫

市川工場申立人の武田です。昭和62年に入社しました。その中であまりにもひどい労働条件の中で、会社を辞めるかそれとも労働組合に頼って労働条件を改善するかと、多くの仲間が辞めていったなかで、踏みとどまった一人です。40年前に都労委へ申し立てた翌日から、主任、係長がメモとペンを持って後を着いて回る。抗議をするといなくなる、その繰り返し。その内には柱の陰から、見えにくいところからメモを取る。この様なことが申立てをした次の日から毎日のようにおこなわれてきました。私ばかりでなく多くの人が行われてきたことです。
寮施設で小火が起きたさい消火をした報告をした。別なところで小火が発生し班長が消火し報告に対し表彰を受けていたが、私には何らの音沙汰もない差別等などを報告。・・・・・・。
以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
A全国事件:戸田橋工場申立人・矢口正明(代読・遠藤力)

埼玉の戸田工場(当時・戸田橋工場から関東、戸田と名称変更)からは4人の申立人がおりますが、皆さん80歳を超えております。本日は、自宅で病気療養中の矢口正明さんからメッセージが届いておりますので、代読をいたします。
私は、戸田橋・関東工場で40年間働いてきました。昭和39年入社で、賃金差別の是正を都労委に求めるたたかいは50歳の時です。今年で31年目を迎えています。
社前にご参加の皆さんありがとうございます。なぜ、賃金差別争議に参加したか、賃金差別は会社がする仕事は仲間と共にする。だから仲間に負担をかけないように皆も心がけてやっている。休憩室で班長が何で矢口はあんなに仕事をやるんだろうなと云っていたぞと仲間が私に話してくれた。
職場移動された職場でも同様に仕事をしていると、同期入社した仲間が、主任が会社に矢口を昇格させてと話したら、矢口には昇格させないと云ったそうだと伝えてくれました。
私は、会社に仕事、賃金、昇格についても疑問や意見を述べることは会社にとっても良いのでは。しかし、主任は気に入らないのか、あるとき、他工場に見学に行くにも主任が矢口は残って一人で仕事をしていればよいと云われ参加させてもらえなかった。
また、市乳職場に移動されたときは、工場周辺の掃除をリヤカーを引き竹箒を積んで、業務命令だとさせられた。私の他にも二人いたが、一人は在職死。食堂で倒れ私も同行し付き添っていたが死亡してしまった。その家に行ったら、男の子がランドセルを背負って一年生になるのを楽しみにしている様子だった。もう一人は、どうせ昇給しないから子どもに十分な教育を受けさせられないからと云って退職してしまった。
私は、工場に来る服装が良くないといって田舎の親を呼びつけられた。こうした職場を少しでも改善されればとの思いから、市川工場の呼びかけに賛同して参加して良かったと思っています。明治は労働組合を踏み台にして社長や会長になっている様な会社では未来はない。労働争議を解決し健全な経営にしていきましょう。
B全国事件:戸田橋工場申立人・遠藤力
私も矢口さんと同じで、人減らしを進めるために職場から追い出すために、私は牛乳箱の直し、ペンキ塗りなどさせられました。一緒に入った仲間は、この様な職場にいられないと止めた人が多くいました。友人は、会社は民主化同志会をつくって組合を分裂させ、昭和44年に職分給の導入で賃金で差別される状態で、お前らを支持できなくなったと、組合役員選挙では、職制候補者に投票するようになった。悔しい思いがあります。私の賃金、職分給は下から2番目のランクに20年間据え置かれ、新入社員からも追い越される現状でした。賃金格差は年々大きくなり年間で100万円近くの格差があり、手取りで12万円くらいです。低年金は現役での賃金の低さが影響しています。
明治は、和解の話合いに応じこの争議を早期に解決することを強く求めます。
C全国事件:戸田橋工場申立人・岩崎弘

昭和44年、新職分制度導入による移行格付けの時には技能職に格付けされました。その後、会社はインフォーマル組織「民主化同志会」を結成し、組合役員選挙に不当介入してきました。戸田橋工場で最初に「民主化同志会」という名前で結成され、その後全国の9工場へ拡大していきました。
私は、クリーム職場で代議員をしている時に、代議員選挙投票日の前日に突然呼び出され、受乳職場への移動を言われました。受乳職場は会社の云う白組、雑草組の人が多い職場でした。組合活動しながら少しずつ支持者を増やしていきましたが、当選しそうになるとまた職場移動するという繰り返しで定年までに4箇所の移動をさせられてきました。
毎年の人事考課査定は「D考課」続き、同期入社の人と年間110万円以上もの賃金差別になり、定年後も年金にも差別は続いています。10月で86歳となります。この年まで活動を続けてこられたのは、多くの方のご支援のおかげだと感謝しています。明治の経営陣、一日も早い解決を決断して下さい。
戸田工場申立人らを支援する戸田地区労・横田議長

この間の会社の対応を見ていると理不尽が、人権を無視するないがしろにする。そう言う体質は今でも変わっていない。そのような中で工場閉鎖を打ち出しました。働く人達への問題を、先ず、戸田工場へ問い合わせました。戸田工場では対応出来ない、本社に問い合わせて下さいと言うので問い合わせました。正社員は雇用を保障すると、非正規社員についてはまだ決まってはいない。路頭に迷うことなく保障することを強く求めました。
合わせて、戸田市の方にも地区労と日本共産党戸田市議団と要請をしました。しかし、工場の方からは何も報告はないでした。地域の働く人達、地域経済にとっても大きな問題ではないかに対し、工場から雇用問題で相談があれば商工会議所などと相談はしていきたいなど、前向きな回答がありました。・・・・・。以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/TD8K0DlPY5U
参加者へのお礼と決意・争議団小関団長

座り込み行動、始めてから9年間になります。座り込み行動の目的は、本社に要請に赴いても一切受け入れない会社の姿勢に対し、真っ正面から要請を受け入れることを求めて始めたものです。要請を受け入れるならば直ちに行動を取り止めることを確認している行動です。
私たちのたたかいは市川工場事件から40年、全国事件でも31年になります。人権、差別争議としても待ったなしで解決を迫られる事件になっている。その様な中で、都労委が解決への道筋が開かれないものかと様々な取り組みをおこなっているところです。
いま、40年のたたかいについて命令書や判決文を読み返しています。先ほども申立人らの切実なる訴えがありました。解決に向けてこれらの事実を避けた解決はあり得ない問題です。
命令、判決の判断の結果だけでは解決できません。事件の全体像に視点を向けていただかないと本質的な解決にはならない等などを報告しています。・・・・・。解決への道筋が見えてきている点、是非とも、以下、ご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/6dHrykPFvY4
9.シュプレヒコール

【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/6dHrykPFvY4
一、新任、明治HD松田社長,(株)明治八尾社長「負の遺産」である争議を精算し、飛躍をめざせ!
一、第3次事件の都労委証人調べで、差別の仕組み、その具体的実態が明確になりました。直ちに争議を解決せよ!
一、企業行動憲章・人権に対する考え方に基づき、人権侵害を加えたことを自認し、労使対立発生から60年、すべての権利を回復せよ!
一、5つの工場閉鎖による新工場への異動に困難をきたす正規、非正規、関連会社の多くが路頭に迷うことなく、雇用と生活を保障せよ!
・明乳争議とすべての争議の早期全面解決に向け、
団結して頑張ろう、頑張ろう、頑張ろう
2.明治HDグループ役員宅へ訪問、郵送しました
猛暑も抜け始めようとする9月20日、明治HD相談役・株式会社明治の名誉顧問であります浅野茂太郎氏宅に訪問。この度は、奥様が玄関先に出向いて応対していただきました。ご苦労さまですと云って「要請書」を受け取ってくれました。
翌日21日に明治HD松田克也社長自ら応対していただきました。都労委の経過を話させていただき、委員会からの課題提起に対し全ての考え方を伝えてありますが、お聞きになっていますかとの問いかけに、いや、まだ聞いていないとの返事でした。是非、受け入れていただき解決をお願いしますと、訪問してきました。
株式会社明治・八尾文二郎社長へは、本社宛に郵送。明治HD社長から相談役に退いた川村和夫氏宅は、今回も何らの応対がありませんでした。株式会社明治名誉顧問の中山悠氏には、自宅へ郵送しております。
【明治HD・松田克也社長への申入書を紹介します】
2025年 9月21日
明治ホールディングス株式会社
代表取締役 社長 松田 克也 殿
神奈川県労働組合連合会
議 長 角谷 和典
明治乳業争議支援共闘会議
議 長 松本 悟
明治乳業賃金昇格差別撤廃争議団
団 長 小関 守
申 入 書
松田社長、私たちは40年争議の集大成に向け公益委員の和解に向けた指揮を受け止め、様々な経過を経て膠着状態にある40年争議の全面解決に向け、求められる努力を尽くす決意です。
(株)明治及び貴社においても、過去の企業活動にあった不正常な従業員管理の事実に真摯に向き合い、60年余も続いた従業員らとの対立抗争に終止符を打たれますことを心から要請します。
最高裁で「中労委命令取り消し訴訟」の敗訴が確定。中労委命令の認定・判断が前提となる和解協議
会社は株主総会においても「最高裁で勝訴が確定」と述べています。単年度審査(市川事件2年、全国事件1年)の枠組みによる結果とはいえ、申立人らの「中労委命令取消訴訟」は命令内容に一切の変更もなく司法の場で維持され最高裁で確定しており、会社主張の通りとなっています。
従って、会社が和解に当たり「最高裁判断が前提」と主張されるのも当然であり理解できます。
松田社長、存在した対立抗争の長い歴史の背景に、昭和30年代後半から40年代を通した異常な従業員管理があります。この事実は最高裁で確定した全国事件中労委命令でも、申立人らが在籍した各工場の秘密資料を認定し、その上で「事実認定に関する補足説明」の項を設け、職制らが差別・分断を議論し実行した秘密資料ついて「成立の真正が認められる」と判断し、戸田橋工場の高島ノート、市川工場の笠原ファイル、福岡工場の村田ノートを認定。大阪工場では、課長や係長・主任らによる秘密会議に戸田橋工場の課長や本社の職制らが参加し、戸田橋工場で民主化同志会を結成した際のノウハウを伝授し、志宝会の結成に至った経緯を認定しています。
申立人らが40年に亘る厳しい闘いを続けられた力の源泉は、昭和40年代を中心に受けた人権侵害の限りを尽くす数々の攻撃への、癒されることのない怒りがあったからと実感しています。
最高裁で確定した全国事件中労委命令の事実認定に照らしても人権否定の歴史的事実は明白です
中労委命令では単年度審査により救済には至りませんでしたが、申立人ら集団に長期に続けられた差別・人権侵害などが証拠に基づき認定・判断されました。そして全国事件中労委命令は事実認定・判断を踏まえ「付言」の項を設け明治事件全体への判断として、申立人ら集団とその他集団との間にある職分格差(その帰結としての賃金格差)を「紛れもない事実」と認め、不当労働行為意思についても職制らの言動・行動を認めた上で「非難は免れ得ない」としました。その上で、「このように長期化し、深刻化した紛争を早期に解決することが当事者双方に強く求められるところであり、そのためには、当事者双方の互譲による合意をもって紛争の全面解決を目指すべきことは自明の理である。」と強く提起したのです。松田社長、最高裁で確定した中労委命令の認定・判断も念頭に置かれ40年争議の全面解決に向け、決裁されることを心から要請します。
以上
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