3月活動レポート
(4月6日)


1.第100次座り込み行動 3月17日

 よくぞ今日まで継続できたものと振り返ることができます。
 2016年2月18日に開始した座り込み行動が第100次(3月17日)を迎えました。(複数日設定した行動から回数的には114回。参加延べ2698団体、4412名、145時間15分)途中、コロナ禍で中止を余儀なくされる時期もありました。雪の日も、雨の日も、寒風荒ぶ日も、炎天にさらされた日もその都度現場で判断しながら、継続は力として多くの皆様方に支えられた行動でした。実に9年間に及ぶなかにおいて双方話合い解決すべき時間もありましたが、全て会社明治が背を向け続けていることからでした。

 争議を解決せずに抱え込んだままの結果は、2009年4月に明治製菓と経営統合した時点の売上げは1兆2500億円。相乗効果を見込んで1兆5千億円の目標を掲げましたが、効果なく手段として事業再編として、明治製菓の菓子部門を明治乳業へ組み込み株式会社明治とMeiji Seikaファイル(薬品)で再出発するも、現時点では1兆円を割りこむ状況です。株価も40%も下落という凋落ぶりです。

 争議団と支援共闘会議に存在する株主として、経営上の問題点等を指摘、改善すべき問題を整理し株主総会への事前質問書を提出し回答を求めてきました。当然、人権侵害の争議解決が前提とした経営改善も求めてきました。来る4月18日は市川工場32名が東京都労働委員会に申し立てた1985年から丁度40年を迎える節目を迎えます。
 すでに、都労委に残存していた市川工場事件23件、全国9事業所事件16件が全ての事件を「併合」審査で進められ、証人審査も10月29日で終了しています。都労委は、審査の到達点からも話合い解決を望ながら調査が進められています。

 経営状況から争議を抱えつづけることが「リスク」と捉えられない親会社明治ホールディングス・川村和夫社長、事件当事者の株式会社明治・松田克也社長は猛省し、今でしょ争議解決に向き合うことが。争議団は胸襟を開いています。解決を強く臨みながら社前(京橋エドグラン)での座り込みを、新たな気持ちを抱き座り込みを継続する決意です。

@主催者挨拶 明治乳業争議支援共闘会議・松本悟議長

 ・・・。この争議がなぜ解決しないのでしょうか。反社会的集団である統一協会や勝共連合とこの会社の指導部が癒着をしている。皆さん、先月の座り込みの時も勝共連合の方がこの座り込みを監視し記録をしている。多分、会社に報告をしている。こういうことです。
 皆さんこの団体が狙っている目的は、日本共産党を潰す、東京争議団を潰す、明治乳業争議団を潰すことが目的です。監視にきている方の本の中で、明治乳業争議団消滅への道のりで、の本を出版している方です。この様な方と明治乳業、明治HDの指導部が癒着をしている。反社会的集団と癒着をしている。この様な企業は日本の中で明治HDだけです。
皆さん、労働者の団結権、あるいは労働組合法に基づく労働組合活動、これは合法です。それに対して人権侵害をすると言うことは、違法犯罪行為です。
 ・・・訴えの全体は、以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/WBTZHOAL4Yo

A京都府国民救援会 綴喜八幡支部・谷口宗一さん

京都申立人加藤和彦さんを偲んで参加された谷口さんの報告が始まると、雨がぱらついてきました。加藤和彦の感謝の嬉し涙か、多分に「悔し涙」だったろうかと感じました。

 京都から来ました谷口といいます。
 株式会社明治 京都工場は京都府南部京田辺市にあります。京都駅から近鉄電車で30分、そこからバスで10分ほどの木津川堤防沿いです。
木津川の対岸では新名神高速道路建設工事が進んでいます。
 加藤和彦さんは、その京都工場で高校卒業で島根県から出てきて2007年の定年退職まで働いてこられました。
 加藤さんが、賃金・昇格差別の救済を求めて申立人になられたのは31年前のことです。京都工場でたった1人の申立人でした。

 私は、中学校に勤めていた関係上、部活の大会引率のとき京都工場の前を通るとき、「ここでたった1人、人権侵害と敢然とたたかっておられる加藤さんがおられる」と思うとたいへん勇気づけられたものです。これは私だけではありません。知人の小学校教師も、校舎の窓から京都工場が見える学校に勤めていたときには、「京都工場を見るたびに勇気づけられた」と言っていました。
 私は、「安心して働き続けられる環境整備を求めて自分から何度も組合選挙に立候補したというだけで会社から差別される」 「工場内の通路をちょっと斜めに横断しただけで見せしめ処分を受ける」などという加藤さんの話はまったく信じられないことでした。「明治乳業 賃金・昇格差別をなくす会」が地域につくられたのを知り、直ぐに入会しました。
 月一度、近鉄の駅前で夕方宣伝行動を行いました。京都工場前で出勤される方たちに早朝宣伝を行いました。加藤さんが都労委や中労委の審査で上京されるときはカンパを集めました。
 その加藤さんが昨年3月18日に急死され、明日がちょうど一周忌です。残念なことに、加藤さんは死後3日ほど経過した孤独死でした。息子さんにお願いして家族葬に仲間数人で参列させてもらいました。30年にわたる長期争議の志し半ばでの悔しいお別れとなりました。
 加藤さんは、職場の仲間の声をこつこつ丁寧に聞くおだやかなタイプの人でした。しかし、京都工場やメインバンクへの申し入れ行動では毅然と1人であっても行動の先頭に立たれました。

 そこには「会社にひどい扱い、嫌がらせを受けてやめていった仲間への強い思いがある」 「やめていった仲間のためにも、ここで自分が負けるわけにはいかない。命ある限りやっていく覚悟がある」と亡くなられる三ヶ月前の集会でも話されていました。

 今、国連が定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」の考え方、取り組みが強調されています。
どんな企業でも人権侵害にきちんと対応しなければ、社会的に許されない状況になっています。ジャニーズ問題や最近のフジテレビ問題をみてもこのことは明らかです。

 「人権を損なってまで必要な売り上げは、一円たりともありません」
 これは、ジャニーズ問題のときアサヒHDグループ社長さんの言葉で印象に残っています。

 日本を代表するグローバル企業であり、誰もがCMやお店で目にする商品を製造する株式会社明治が、人権への認識を刷新され、人権侵害を許さない、人権侵害を生まない企業として発展されることを私は強く願います。
 そのためにも、30数年あまりにもわたって働くものの人権を置き去りにしてきたこの長期争議に決着をつけてください。加藤さんへの不当な賃金・昇格差別への責任をきっぱりとってください。
 私は加藤さんの代わりはできませんが、京都工場でたった1人であっても勇気を出して声をあげた加藤さんの思いはつなげていくことはできます。
 争議の解決までその思いを京都府南部でつなげていきます。
 貴重な時間をありがとうございました。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/thMR5_3Y8ds

Bシンガーソングライター:大熊啓さん

?? 「嵐」
 本当は違う歌からでしたが、雨が降ってきても負けないぞと心を込めて「嵐」の歌からお届けいたしました。
 先ほどもお話しがありましたこの長い長い争議の中で、解決の日を迎えることなく旅立っていった争議団の仲間たちがおります。そして多分会社は一人また一人と旅立って行く度に、うるさい者が消えたと喜んでいるのかも知れません。けれども、この明乳争議の炎は決して消し去ることはできません。この人権侵害、人権というのは人間が人間として人間らしく生きられる権利そのものです。その権利の中には食の安全も我々の人権です。安全な物を食べる権利もあります。・・・。
?? 明乳争議団団歌「星霜」
 素晴らしい太陽が顔を出し勝利の陽射しが降り注いできたように思います。・・・。
??♪ 未来をかけて
 この闘い東京の仲間たちだけが応援しているのではないのですよ。全国の人権を守ろう、そして労働者を守ろうと思っている全国の仲間が応援している闘いなんですよ。日本中の仲間が応援しているのです。日本中の働く仲間たちがこの闘いを応援しているのです。日本中がこの株式会社明治の動向を見守っているのです。・・・。
♪? 人間のうた
 人間らしく生きていける世の中、それは待っていても来ないのです。一人一人声を上げて要求していかねば・・・。以下、動画をご視聴ください。
【素晴らしいトークと歌を動画で、ご視聴ください】
https://youtu.be/oeaCs_rA4Js

C参加者へのお礼と決意 明乳争議団・米元裕事務局次長

 第100回の座り込みにお忙しい中をご参加いただきまして誠にありがとうございます。本日の特別のゲストとして、素晴らしいトークと力強い歌声を聞かせていただいた大熊さんに改めて感謝申し上げます。
 また、争議団員として京都で活動していた加藤和彦を支援して数十年間にわたりご支援をいただいた京都国民救援会綴喜八幡支部から参加いただいた谷口さんにも心よりお礼を申し上げます。・・・。以下、動画をご視聴ください。
【動画をご視聴ください】
https://youtu.be/xHwf1xIovz4https://youtu.be/24hW5DNhU_U

Dシュプレヒコール唱和と「がんばろう」合唱

一、第3次事件の都労委証人調べが全て終了しました。差別の仕組み、その具体的実態が明確になりました。直ちに話合いの場をつくり争議を解決せよ!
一、すでに、格差と人権侵害を認めた中労委命令と「付言」に示されている解決の道筋に(株)明治は、応えよ!
一、企業行動憲章・人権に対する考え方に基づき、人権侵害を加えたことを自認し、自らの40年長期争議を解決せよ!
一、5つの工場閉鎖による新工場への異動に困難をきたす正規、非正規、関連会社の多くが路頭に迷うことなく、雇用と生活を保障せよ!
◎明乳争議とすべての争議の早期全面解決に向け、
 団結して頑張ろう、頑張ろう、頑張ろう
【♪??がんばろう 合唱もあります、動画をご視聴ください】
https://youtu.be/0trCW9qqpW4


2.明治グループ役員宅訪問 3月23日
 市川工場事件32名が東京都労働委員会に申し立てた1985年4月18日を迎える年度末3月に明治HD・川村和夫社長宅、株式会社明治・松田克也社長宅、明治HD相談役、株式会社明治・浅野茂太郎名誉顧問宅に訪問してきました。直接お会いすることにはなりませんでした。、株式会社明治・中山悠名誉顧問宅は「郵送」しました。
 以下、川村和夫社長への「申入書」を紹介します。

2025年 3月23日

明治ホールディングス株式会社
代表取締役 社長 川村 和夫 殿

明治乳業争議支援共闘会議
議 長  松本  悟
明治乳業賃金昇格差別撤廃争議団
団 長  小関  守

申 入 書

 都労委残留39事件の「全事件併合」による証人尋問が昨年10月29日に終了した以降、2回目となる第20回調査期日が2月28日に行われました。双方から審査の到達点に基づく書面提出があり、さらに反論書面の提出などを内容とする調査の継続が指揮され、4月23日に第21回調査が設定されました。先月の要請でもお伝えの通り、申立人らは40年を超える「日本一長い差別争議」の現実を踏まえ、高齢化のなかでの長期化は人道上も許されないとの認識から公益委員に対し、「全事件併合審査」の到達点が尊重される和解の指揮を強く求めています。(株)明治及び貴社には、予測される公益委員の和解指揮に誠実に対応されることを心からお願いします。

私たちは島村社長時代(昭和60年)から5代目の松田社長(令和7年)まで40年を闘い抜きました
 ご承知の通り、市川工場事件申立(昭和60年4月)は島村靖三社長の時代であり、その後、中山悠社長 → 浅野茂太郎社長 → 川村和夫社長 → 現職の松田克也社長と、40年争議のなかで5代目の社長になります。そして、平成6年7月の全国9事業所32人の申立により、全国規模の不当労働行為・差別事件となった私たちは、40年に亘る厳しい年月を乗り越えてきました。
 これまでの労働委員会や司法判断では、先行した両事件の「単年度審査に基づく判断の枠組み」により救済されることなく、この単年度審査の枠組みが中労委や司法の場でも維持され最高裁で確定するに至りました。しかし、同時期に争われた大企業差別争議の多くは「併合審査を前提とした判断」で、ほぼ全ての事件が救済命令や判決に基づき和解解決で早期に終結しているのです。
 本件でも、先行事件の審査・審理の到達点を踏まえ、労働委員会や司法の場で何度も和解解決を促す指揮がありましたが、会社の極めて頑なな姿勢により異常な長期争議になっています。

公益委員は長期争議の厳しい現実と審査の到達点に基づき、和解解決への道筋を目指しています
 私たちは今回の審査において、先行事件での単年度審査に基づく判断は、年度を超えて継続する不当労働行為事件の審査方法として誤りであると主張し、全事件の併合審査を実現しました。
 そして、最高裁で確定した先行事件(市川工場事件2年分3件、全国事件1年分1件)の判断の枠組みでは明らかにならなかった、年度を超えて累積しながら拡大する格差の実態など、長期に継続した不当労働行為の全体像を鮮明にし、新たな到達点を切り拓いたものと確信しています。
 公益委員は、40年を超える異常な長期争議による申立人ら集団の高齢化や、審査の到達点を踏まえた上で和解解決への可能性を追及するなど、争議終結への指揮を目指しています。

 川村社長、全国事件中労委命令の事実認定及び付言でも明白なように、旧明治乳業時代の昭和40年代を中心とした不適切な従業員管理の歴史は、否定できない企業活動上の「負の遺産」です。私たちは公益委員の話合い解決への指揮を誠実に受止め、実現に向け努力する決意です。当事者企業の親会社として、都労委において全面解決することの決裁を重ねて強く要請します。


以上



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